黄昏に想う…

“黄昏にはJazzが似合う”…それは、彼女の口癖で…
黄昏の街を見下ろせる、いつものレストランで必ず聞ける彼女のセリフだ…
ボクは、何度となくそのセリフを聞いた…
けどなぜか、彼女のグレーがかった瞳に黄昏の街が映ると、
そのセリフを期待してしまう…. 

なんて^^;

かっこつけて始まりましたが、

ボクは、黄昏というのが好きです。

特に晴れだった日の、昼から夜に替わる、”薄暮”という時間、、

その時間の不思議な感覚が好きなのです。

その時間帯に散歩なんかすると、いつも見る景色が少し違う感じがします。

子供の頃、この時間に犬の散歩をするのが好きでした。

ほとんど子供がいなくなった学校の校庭で犬を放して、

犬が遊ぶのを、ブランコに座って眺めていました。

子供の頃から、少し変わっていたのかな^^;?

明日は、晴れるみたいだから、ボクの好きな黄昏が来るかな?

たまには、散歩してみるか…黄昏時には、不思議なことが起こりそうだから、

もしかしたら、姫に合えるかも?、、

また、一緒に散歩できたらいいなあ、姫君^^

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コ~ックリさ~ん~~~~

小学校の時に、コックリさんが流行っていた。

空想大好き、好奇心のかたまりだった自分ももちろんやった。

最後まで、10円玉を誰が動かしていたかはわからなかったけど(笑

ある日の放課後の事、その日はコックリさんが帰らないと言い出した。

もしやめたら死ぬぞとか言い出したのだ。

さあ大変、女の子は泣き出すし、テレビアニメの時間は近づくし、

辺りもどんどん暗くなるし、

その時、たまたまボクは10円玉に指を置いてなくて、横で見ていたので

帰ろうと思えば帰ってしまえたのだが^^;

さすがに、女の子を残して帰れないし、女の子に強いところを見せたいし、

ボソっと言ってみた、

「けえりたくなかったら、けいらなきゃあいいじゃんなあ?」←方言^^;

みんながボクを見た、「コックリさんが怒る!」

すると、10円玉がスルスル動いて、お・ま・え・は・し・ぬ~

この時の気持ちの動揺は、なかなか文章で表現するのは難しい^^;

(なんてこと言っちまったんだあ~、あああああ)

今にして思えば、動かしていたヤツを一発ぶん殴ってやりたくなる!

でも、もう引っ込みがつかない、「ふ~~~ん?」っと精一杯の強がり^^;

そうこうしてると、コックリさんが帰ると言い出して(動かしていたやつが帰りたくなったんだろうなあ?)その日のコックリさんは終了。

帰り道、景色なんか目に入って来ない、

挙句の果てにその時使った10円玉を押し付けられた(涙

○○○○くん強いから持っててと、持ち主の女の子から頼まれたのだ、

大人になった今考えれば笑い話であるが、ほんと!真剣に悩んだ!

気が小さかったんだなあ^^;

やっぱり、男の子は強くなくっちゃね!

お洒落なアメリカンジョーク!

「3人のゴースト」という映画、もうずいぶん前の映画です。

クリスマスキャロルという小説の現代版だという事ですが、ビル・マーレイ演じる、

冷血なテレビ局社長が3人のゴーストとの出会いによって暖かい心を取り戻すという

クリスマスのニューヨークを舞台にしたコメディー映画です。

そして、ボクにとって印象的だったシーンがあります。

夜の街中のシーンで、主人公がストリートミュージシャンに「ヘタクソ~!」と

罵声を浴びせます。

翻訳した方のセンスだと思うので、直訳かどうかはわかりませんが、、

その後、3名のストリートミュージシャンがほんのワンカット映ります。

で、その3名が、すごいミュージシャンなんです^^

え?っと思って、DVDを戻してしまいました。

このお洒落なジョークに嬉しくなって、お気に入り映画の仲間入りとなりました^^!

ナイス!、アメリカンジョークです!

自分という存在の不思議

ボクは、小さい頃から空想癖がある。

授業中など、黒板をじーっと見つめていて、一見すると良好な授業態度、

しかし頭の中では、まったく違うことを空想していたりする。

その空想の世界に入り込むきっかけは、先生の発する言葉だとか、

黒板に書かれた文字などが、キーワードとなって空想世界の扉が開く。

特に、地理の授業中など、地図帳を眺めながら頭の中では、世界旅行の真っ最中。

50分くらいの授業は、あっという間、

終業のベルで我に返る、、え?もう終わり?って感じ。

この癖は、今も健在?で、人と会話している時等も、相手の話す事や、

会話中に目に入った物等がキーワードになったりする。

困るのは、聞き逃してはいけないような重要な話を聞いている時にも、

ちょっとした拍子に、扉が開いてしまう。

はっ!と現実に戻って、話を聞き返すことも少なくない。

ブログだからこんな事が書けるんだけど、、

そして、本題であるが、

そんな変?なボクは、時々自分という存在を不思議に思うことがある。

鏡を使わないと顔を見ることが出来ない自分、目でみたり聴いたりする

意識を持った自分という存在。

最大限に記憶をさかのぼると、保育園とか幼稚園時代の断片的な事が浮かぶが、

自分という存在が、その頃から1秒、1分、毎日を連続的に繰り返して今に至って

いることが不思議に感じる。

死んだら、この意識はどうなるんだろう?とか、、

なにも感じなくなって終わりなんだろうなあ??とは思うけど、、

この不思議、疑問はいずれ解決するんだけどね、

あ!、また扉が開きそうだ、、

雪の降らない冬

ボクの母方のおばあちゃんは、不思議な人だったようだ。

ボクが物心ついた頃には亡くなっていたので、

具体的な記憶は無いのだけれど、母親からよくおばあちゃんの話しを聞いた。

印象的なのが、"雪の降らない冬が来るよ"っておばあちゃんが言っていたけど、

本当に最近の冬は雪が少ないねぇ、と母親が言っていたこと、

子供の頃は、特に何とも思わなかったけれど、大人になってから、

おばあちゃんは何を感じてそんな事を言ったのだろう?

と、冬が近づくとふと思う。

ボクは今東京に住んでいる、そこで生まれ育った奥さんにその話しをすると、

確かに子供の頃に比べて雪が少ない!

と納得したように言う。

母親の話すおばあちゃんの予言?は他にもあったのだが、

はっきりと覚えていない。

今度、故郷に帰ったら、母親に聞いてみようか?

太陽の帝国

先日、Gyaoで"太陽の帝国"というスピルバーグ監督の映画を観ました。

第二次世界対戦末期の中国を舞台に、1人の英国人少年の視点でストーリーが進んでいきます。

飛行機が好きな少年は、本来敵である日本の零戦をカッコいいと言い、日本人少年と友達になります。

映画から伝わってきたのは、敵味方はない!悪いのは全て戦争なんだ!

ということでした。暗いテーマなのですが、観終えた後清々しい気持ちになりました。

ただ、ボクは戦争の実体験はありません。

もしかしたら、戦争の実体験がないから、だからこの映画も感動の物語として観れるのかなあ??と

戦争の苦しい体験をされた方が、同じような感覚で観れるのかなあ?と

戦争をテーマにした映画を観るといつも思います。

涙無しには、観れない名シーンをちょっと!